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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)396号 判決

第三九六号事件原告(第八六三号事件被告)

横地平太朗

第三九六号事件被告(第八六三号事件原告)

佐藤博之

第八六三号事件被告

東京海上火災保険株式会社

主文

別紙交通事故目録記載の交通事故につき、昭和六一年(ワ)第三九六号事件原告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件被告横地平太朗が昭和六一年(ワ)第三九六号事件被告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件原告佐藤博之に対し負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

昭和六一年(ワ)第三九六号事件被告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件原告佐藤博之の昭和六一年(ワ)第三九六号事件原告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件被告横地平太朗、昭和六一年(ワ)第八六三号事件被告東京海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、昭和六一年(ワ)第三九六号事件、昭和六一年(ワ)第八六三号事件を通じ、昭和六一年(ワ)第三九六号事件被告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件原告佐藤博之の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  昭和六一年(ワ)第三九六号事件

1  請求の趣旨

別紙交通事故目録記載の交通事故につき、昭和六一年(ワ)第三九六号事件原告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件被告横地平太朗(以下「被告横地」という。)が昭和六一年(ワ)第三九六号事件被告兼昭和六一年(ワ)第八六三号事件原告佐藤博之(以下「原告佐藤」という。)に対し負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

訴訟費用は原告佐藤の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

被告横地の請求を棄却する。

訴訟費用は被告横地の負担とする。

二  昭和六一年(ワ)第八六三号事件

1  請求の趣旨

被告横地は、原告佐藤に対し、一四七六万六〇七四円及びこれに対する昭和六一年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

昭和六一年(ワ)第八六三号事件被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、原告佐藤に対し、二九九万円及びこれに対する昭和六一年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告横地、同東京海上の負担とする。

仮執行宣言の申立て

2  請求の趣旨に対する答弁

原告佐藤の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告佐藤の負担とする。

第二当事者の主張

一  昭和六一年(ワ)第三九六号事件

1  請求原因

(一) 事故の発生

別紙交通事故目録記載のとおり

(二) 原告佐藤は、本件事故により腰部打撲、頸椎捻挫の傷害を受けた旨主張しているが、原告佐藤は本件事故により受傷していない。

(三) しかるに、原告佐藤は、被告横地に対し、本件事故により損害が発生したとして、その賠償を請求するので、原告佐藤の被告横地に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) (一)項の事実は認める。

(二) (二)項の事実は争う。

二  昭和六一年(ワ)第八六三号事件

1  請求原因

(一) 事故の発生

別紙交通事故目録記載のとおり

(二) 原告佐藤の受傷内容、治療経過、後遺症

(1) 受傷内容

原告佐藤は、本件事故によつて頸椎捻挫、脳振盪、腰椎捻挫、頭部外傷後遺症、調節不全麻痺等の傷害を受けた。

(2) 治療経過

ア 昭和六〇年三月一三日から同年三月二五日まで(実日数一三日)大和外科に入院

イ 昭和六〇年三月二五日から同年四月八日まで(実日数一五日)葉梨整形外科に入院

ウ 昭和六〇年四月九日から同年一〇月一一日まで(実日数一三三日)同病院に通院

エ 昭和六〇年五月三一日から同年九月三〇日まで(実日数八日)大矢眼科医院に通院

(3) 後遺症

昭和六〇年九月三〇日大矢眼科医院で、同年一〇月一一日葉梨整形外科で次のとおり症状固定の診断

ア 自覚症状 頭痛、頸部痛、左上肢の痺れ感、眼精疲労、霞目、両眼の調節障害

イ 他覚症状 両眼に調節機能障害があり、その程度は、調節力が右四・〇ジオプトリー、左四・〇ジオプトリー、視力が右〇・二(矯正一・二)、左〇・二(矯正一・二)、頸部運動制限があり、その程度は、前屈三〇度、後屈三〇度、右屈三〇度、左屈三〇度、右回旋八〇度、左回旋六〇度である。

以上の原告佐藤の後遺障害は、自賠責後遺障害別等級表第一一級第一号「両眼の眼球に著しい調節機能障害を残すもの」並びに第一四級第一〇号「局部に神経症状を残すもの」に該当する。

(三) 被告等の責任

(1) 被告横地

被告横地は、加害車両の所有者であり、同車両を自己のため運行の用に供していたから、自賠法第三条により、本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告東京海上

被告東京海上は、加害車両について自賠責保険を締結した保険会社であり、自賠法第一六条に基づき本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。

(四) 損害

(1) 治療費 一二九万三五六五円

(2) 入院雑費 二万一六〇〇円

原告佐藤は、二七日間入院したが、その間入院諸雑費として一日当り少なくとも八〇〇円を要したから、その合計は二万一六〇〇円になる。

(3) 休業損害 一一九万八〇六五円

原告佐藤は、訴外神奈川都市交通株式会社でタクシー乗務員として勤務し、本件事故前の昭和五九年一二月に二六万四九五八円、昭和六〇年一月に一七万三九一〇円、同年二月に二一万四六六二円合計六五万三五三〇円の収入を得ていたもので、これを日額に換算すると七二六一円になる。

原告佐藤は、本件事故により昭和六〇年三月一四日から同年八月二五日まで一六五日間給与の支払を受けることができず、次のとおり一一九万八〇六五円の損害を受けた。

7261円/日×165日=19万8065円

(4) 逸失利益 一二七七万七六三四円

原告佐藤は前記のとおりタクシー乗務員として勤務し、昭和五九年における年収は二六七万八一〇五円であつたもので、症状固定時の昭和六〇年における推定年収は平均上昇率一・〇七〇一を乗じた二八六万五八四〇円である。

しかるところ、原告佐藤は、本件事故により自賠責後遺障害別等級表第一一級に該当する後遺障害を受け、労働の能力の二〇パーセントを失つたが、同原告は、症状固定時からなお四二年間就労可能であり、右期間少なくとも右年収の二〇パーセントの得べかりし利益を失つたもので、ホフマン方式による年五パーセントの割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり一二七七万七六三四円になる。

267万8105円×0.2×222930=1277万7634円

(5) 慰謝料 三九五万円

本件事故により、原告佐藤は、前記のとおりの傷害を受け、且つ後遺症が残つたもので、同原告が本件事故により受けた精神的苦痛を慰謝するには傷害分につき一一〇万円、後遺症分につき二八五万円の支払をもつてするのが相当である。

(6) 弁護士費用 八〇万円

原告佐藤は、本訴の提起・追行を同原告訴訟代理人に委任し、着手金、成功報酬を含めて八〇万円を支払うことを約した。

(7) 損益相殺

原告佐藤は、被告横地が自賠責保険並びに任意保険を契約している被告東京海上から、治療費として一二三万一一六五円、休業補償費として一〇五万三六二五円の支払を受けたので、これを原告佐藤の前記損害に充当した。

(五) 結論

よつて、原告佐藤は、被告東京海上に対し、自賠責後遺障害別等級表第一一級の自賠責保険金二九九万円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和六一年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告横地に対し、原告佐藤の受けた損害から右二九九万円を控訴した一四七六万六〇七四円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和六一年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告等の認否

(一) (一)項の事実は認める。

(二) (二)項(1)、(2)の各事実のうち、原告佐藤の症状が本件事故によることを否認し、その余は認める。同(3)の事実のうち、原告佐藤が症状固定の診断を受けたことは認めるが、その余は争う。

本件事故による衝撃力の強さは、加害車両の後退スピードが早くとも三キロメートル程度で、その衝撃加速度は〇・五g程度しかなく、人体を損傷するに足る衝撃力ではなかつた。

(三) (三)項の各事実は認める。但し、被告等に責任があることは争う。

(四) (四)項の各事実のうち(7)の事実は認め、その余は争う。

(五) (五)項は争う。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  昭和六一年(ワ)第三九六号事件、昭和六一年(ワ)第八六三号事件請求原因各一項の事実(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  原告佐藤は本件事故により受傷した旨主張し、被告等はこれを争うのであるが、これについて検討するに先立ち、本件事故の態様について検討する。

成立に争いのない乙第一七号証、証人金子久子の証言、被告横地平太朗、原告佐藤博之各本人尋問の結果によると次の事実が認められる。

1  本件事故現場は幅員がそれぞれ約四メートルの道路の交差点付近であつて、被告横地が加害車両を運転して右交差点に差しかかり、同交差点を右折しようとしたところ、加害車両の進行道路と交差する道路を進行中の車両が左折進行してきて、道路の幅員が狭かつたため、双方の車両が停止し、加害車両の後方を追尾していた原告佐藤運転の被害車両も、加害車両が停止したため、停止した。

2  被告横地は、左折進行してきた車両に道を譲るため、加害車両をゆつくり後退させ始め、約一〇メートル後退させたところ、停止していた被害車両の前部に自車後部を斜めに衝突させ、本件事故発生に至つた。

3  本件事故で、加害車両にはとりたてて損傷といえる損傷が発生せず、被害車両にはフロントバンパーに一センチメートルの深さの凹損が生じた程度であつた。

4  被告横地は、衝突音で事故を知つた程度で、身体に衝撃を感じることがなく、事故後、身体に異常は発生しなかつた。

5  被害車両はタクシーで、女性の乗客が二人後部座席に乗車していたが、乗客の一人が、事故発生の日の翌日頃から二・三日頸に軽い痛みを感じた程度であつた。

三  また、原本の存在、成立に争いのない甲第二号証ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし三、第一四号証、原告佐藤博之本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一八号証の一ないし四、同尋問結果によると、次の事実が認められる。

1  原告佐藤は、本件事故発生当日の昭和六〇年三月一三日、大和外科に運ばれ、同病院で、本件事故によつて頸椎捻挫、脳振盪、腰椎捻挫の傷害を受けたとの診断を受け、同日から同年三月二五日まで(実日数一三日)同病院に入院して治療を受けた。

2  原告佐藤は、昭和六〇年三月二五日、葉梨整形外科に転医し、同病院で、頸椎捻挫、腰椎捻挫の診断を受け、同日から同年四月八日まで(実日数一五日)同病院に入院、昭和六〇年四月九日から同年一〇月一一日まで(実日数一三三日)同病院に通院して治療を受けた。

3  原告佐藤は、葉梨整形外科で治療を受けていた昭和六〇年五月三一日、大矢眼科医院で受診し、頭部外傷後遺症による調節不全麻痺の診断を受け、同日から同年九月三〇日まで(実日数八日)同病院に通院して治療を受けた。

4  原告佐藤は、昭和六〇年一〇月一一日で葉梨整形外科の、昭和六〇年九月三〇日で大矢眼科医院の治療を打ち切つたが、右各病院では次のとおり症状固定の診断をした。

(一)  葉梨整形外科

ア 傷病名 頸椎捻挫、腰椎捻挫

イ 自覚症状 頭痛、頸部痛、左上肢に軽い痺れ感、両目が疲れやすく、時々ぼんやりする。

ウ 他覚症状 頸部運動制限なし(頸部左回旋に制限があり、その程度は、右回旋八〇度、左回旋六〇度である)、圧痛なし、両上肢腱反射異常なし、病的反射なし、知覚障害なし、筋力低下なし、頸椎レントゲン線撮影異常なし、頭部レントゲン線撮影、CT結果異常なし。

(二)  大矢眼科医院

ア 傷病名 頭部外傷後遺症による調節不全麻痺

イ 自覚症状 視力低下、時々眼前が白くなり、その後暗くなり、光るものが見える。眼痛、頭痛あり。

ウ 他覚症状 前眼部、中間透光体、眼底異常なし、両眼に調節機能障害あり(右四・〇ジオプトリー、左四・〇ジオプトリー)。

四  しかし、成立に争いのない甲第一号証の一、証人林洋の証言により真正に成立したものと認める甲第五、第六号証、証人林洋の証言によると、本件事故時の被告車両の速度は時速三ないし五キロメートルであつて、右程度の追突による衝撃では、一般に被追突車の乗員に傷害を与えることはないことがみとめられ、他方、三項に認定のとおり、大和外科、葉梨整形外科、大矢眼科の各診断に他覚的症状として見るべきものがないことをも合わせ考えると、大和外科、葉梨整形外科、大矢眼科の各診断は、原告佐藤の愁訴に基ずく診断と推認され、右事実をもつて、直ちに原告佐藤が本件事故により受傷したことを認めるに足るものとすることができず、これにそう原告佐藤博之本人尋問の結果もにわかに措信できない。

五  そして、他に、本件事故により原告佐藤が受傷したことを認めるに足る証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、被告横地の昭和六一年(ワ)第三九六号事件の請求は理由があるから認容し、原告佐藤の昭和六一年(ワ)第八六三号事件の各請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康)

交通事故目録

発生日時 昭和六〇年三月一三日午後二時頃

発生場所 神奈川県大和市中央林間四―九―二二番地先市道交差点

加害車両 普通乗用自動車(相模五八み七五九一)

運転者 横地平太朗

被害車両 普通乗用自動車(相模五五あ八〇六六)

運転者 佐藤博之

事故の態様 横地が加害車両をバツク発進させた際、加害車両後部を停止中の被害車両の前部に追突させた。

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